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Miyajima News
2015年12月5日
薩摩スチューデント (人づくりにはお金をかけよ)
【H27年(2015年)12月のコラム(第180号)】
薩摩藩英国留学生記念館HPより
1.薩摩スチューデント (人づくりにはお金をかけよ)
経営の神様、松下幸之助さんが昔「松下電器(現Panasonic)は何をつくっている会社ですか?」
と訊かれ「松下電器は『人』をつくっている会社です」と即座に答えられたというのは有名な話です。
私は幸之助さんが「私は子どもの頃から身体が弱かった。だから人に頼るしかなかった。だから
松下は発展できたのです。」とおっしゃっていた話が好きです。人間、ひとりの力は知れています。
もちろん経営者たるもの、誰にも負けない努力をせねばならない。しかしそれとて、一日は24時間
しかない。手足は二本ずつ、目・耳は二つずつしかない。だから自分一人努力して人の2、3倍は
できても、10倍はできるものではない。だからこそ企業成長のカギは「人づくり」の一点にかかって
いるのだと思います。
私は盛和塾という会で経営の勉強をさせていただいていますが、先月、滋賀塾の創立25周年を
記念し、皆さんと稲盛和夫塾長のふるさと鹿児島へ日曜、月曜の一泊二日で行ってきました。
二日目の月曜日には京セラ国分工場を訪問させていただいたのですが、初日の日曜日には鹿児島
市内にある西郷さんの銅像やお墓のほか、「維新ふるさと館」という西郷隆盛や大久保利通など、
明治維新の原動力となった薩摩の偉人たちの資料館を訪れました。正直時間が足りず、もっと
ゆっくり見たかったのですが、かろうじてシアターで「薩摩スチューデント、西へ」という約20分間の
ビデオを観ることができました。
薩摩スチューデントとは、鎖国状態であった幕末に、薩摩藩がいち早く海外に目を向け、英国に
派遣した19名の若者たちのことです。鎖国下ですから幕府に無断での海外渡航が万一見つかれば
“死罪”です。そんなリスクを冒してまで彼らは出かけたのでした。
ちょうど今から150年前、大政奉還の2年半前の1865年4月17日、現在のいちき串木野市羽島沖
から彼らは出発しました。まず長崎の英国商人グラバーが用意した蒸気船「オースタライエン号」で
香港に渡り、そこでイギリスの大型蒸気客船「マドラス号」に乗り換えてロンドンへ向かったそうです
が、私が驚いたのは「香港からイギリスまでの船賃」が、現在のお金に換算するとなんと2700万円
もしたということです。ということはイギリスでの学費や生活費、帰りの船賃などを含めると、おそらく
一人あたり1億円くらいのお金がかかったのではと思います。
この話を聞いた時、彼らを送り出した島津の殿様というのは本当にすごい人だったのだなと思うと
同時に、「やっぱり人づくりにはお金を(も)かけないとダメだな」と実感したのです。
さらに素晴らしいと思ったのは、この19名の若者たちは帰国後、故郷薩摩のためだけではなく、
維新後の日本全体のために大活躍したということです。
主な例をご紹介しますと
1.五代友厚→そもそも「英国への留学上申書」を薩摩藩に出したのが彼で、彼は帰国後、大阪の
経済に多大な貢献をして大阪商工会議所初代会頭となり、「大阪の父」と呼ばれています。
2.町田久成→西洋の博物館に驚き、帰国後は日本の博物館建設に尽力、帝国博物館の初代館長
となりました。
3.畠山義成→開成学校(東京大学の前身)の初代校長などを務め、日本の教育近代化に尽力。
4.村橋久成→西洋の近代農業を北海道で実現しようと北海道に開墾場を設立、
「サッポロビール」の前身となる「開拓使札幌麦酒醸造所」を設立しました。
5.朝倉盛明→イギリスからフランスに渡り、帰国後は兵庫県の生野鉱山の近代化に尽力しました。
6.松村淳蔵→イギリスからアメリカに渡って海軍兵学校で学び、帰国後は日本の海軍兵学校校長
として日本の海軍教育に注力しました。
7.森有礼(ありのり)→明治政府の初代文部大臣として日本の教育制度の充実に貢献し、
一橋大学の前身となる商法講習所を設立しました。
8.長沢鼎(かなえ)→イギリスからアメリカに渡ったまま帰国せず、カリフォルニアでワイン醸造を
成功させ、「ブドウ王」と称されるほどになりました。
など、「島津の殿様の人づくり」が、「日本全体の人づくり」となったのです。
こんな大きな話とは比べ物になりませんが、当社も滋賀と静岡あわせて約60名の社員がいます。
この大切な社員たちに可能な限りのお金をかけ、もちろんそれ以上の情熱も注ぎ、「人づくり」に
尽力したいと思います。
島津斉彬(なりあきら)公の書 「思無邪」 (しむじゃ=思い、邪(よこしま)無し)
薩摩の子どもたちに昔から伝わる「郷中(ごじゅう)教育」の基本精神
維新ふるさと館で開催されていた屋外イベントの「さつまおごじょ」さんたち
一緒に写真を撮ってもらって嬉しそうな岩崎先生と私
薩摩人の心のふるさと「桜島」は、いつみても雄大です